餅による恣意 

ゲームとか、株とか、本とか(^u^)

学習と実践は別物

 一生懸命失敗を考えたり本を読んだり他から情報を引っ張ってくるんだけれど、それが次に生かせるかってことだ。努力したならなるべく大きな報酬を得たいものだけれど、それも実のなる努力じゃないとむしろ時間をゴミ箱に捨てるようなもので。だから最終的に金融取引は精神論に着地すると思われる。

 考えて戦略練ってその通りに動くことの重要さ。

 大抵の人間は目の前にぶら下がった餌に飛びつく。深く考えているつもりでも、瞬間的に馬鹿になってどつぼにはまる。目的を見失って迷走した挙句、意固地になって墓穴を掘る。

 人間の弱さというものは厄介だ。人間の理想の高さというものは厄介だ。

 現実に生きろとある人が言ったが、それはかなりの至難の業。誰しもが色々な事を想像し、それを信じている節がある。現実と空想の両方を行き来して、なんとか精神のバランスをとっている。想像の世界は優しい。空想は幻であっても幸福を見ることが出来る。そのどれもに実際に手が届かないとしてもだ。

 衣食住を確信してやまない人間が今の世の中にどれくらいいるだろう?

 自分の人生とは一瞬一瞬の連続にしか過ぎない。確定した物事はありはしない。どれだけ盤石な地位を築いたと思っていても、あっさり崩れることがあるのがこの世の理。昨日会った人間に明日会える必ず会えるなんてことは、誰にも分からないことだ。

 今学んだことをすぐさま使わなくていつ使う?

 実践してやっと本物の学習になる。経験を伴わない知識は脆い。瞬時に実行するには何度も頭の中でシミュレートしなくてはいけない。

 今ある寝床が明日もある保証はない。追い出されることだって無くは無い。何も恐ろしいのは人間だけではないのだから。

 今出来る環境があるのなら、ありとあらゆる手を使って現状を打破していかなくてはいけない。学習をすると決めるならそれは使う前提だ。使いもしないのに先回りして勉強なんてする必要はない。今必要とされている知識や方法をリアルタイムで実践して失敗して再考して実践していくことこそ本当の近道。

 

 10月ぼこぼこにされた私よ。ちゃんと学習するんだ。本物の学習をな……。